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今年最後の日記かな?! 

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今年は、音楽的に坂本龍一さんで幕を閉じそうな感じ。

それも、坂本龍一さんのコンサートに夏と冬と今年2度も行ってしまいました。

坂本さんのコンサート夏のコンサートは、環境と反戦を感じるコンサートでしたが、冬のコンサートはピアノだけでひたすらに優しいと感じるコンサートでした。

私が始めて坂本龍一さんのファンになったのはいつだろう・・・。
10歳なので、正直な所27年も坂本龍一さんのファンであり続けていることになります。ある意味恐ろしい年月です。

初めて見た坂本龍一さんは精神的にギリギリなどうも、ナーバスで心が冷たく、何か恐ろしささえ感じるような表情をお持ちでした。

今では癒しなどのムーブメントの火付け役になったり、LOHASのリーダーみたいになっちゃったけど、そんな事は想像もつかない青年でした。

だってなんたって、坂本さん20代ですから・・・。

その後大島渚監督の戦場のメリークリスマスに出た頃から映画や今の坂本龍一さんに近い状態になっていったような気がします。

ちょうど、毎週楽しみに聴いていたNHKのサウンドストリートという番組でしたが、そこには糸井重里氏や、村上龍氏、ピーターバラカン氏なども出演してとってもファミリーな番組でした。そこで戦場のメリークリスマスを紹介した時なんかは、そんな著名な有名人が「ただのホモ映画だ!!!」なんて坂本さんとトークしていたのが記憶に強く残っています。

見ると、全然そんなことなかったし、この映画をきっかけに坂本さんは、音楽でハリウッドの映画音楽も手がけるようになっただろうし、ビートたけしは、北野武として映画監督として世界に羽ばたいたし、今になってみれば大島渚監督は本当にすごく先見の眼を持っていたのだと思ってしまいます。

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坂本さんが、ドンドン有名になっていくに連れてあまり好きでない時期がありました。とてもチャラチャラと見えて・・・坂本さんの有名な音楽からも何も感じなくなっていきました。だから、坂本さんの音楽を購入する事も無く。ただ、情報だけは耳に入ってきたりして。

ある日、私がたまたま坂本さんと出会う事がありました。あるタイミングで一度だけお話をさせてもらった事があります。でも、こんなにもファンでこんなにも憧れているのに、仕事の関係で接していた為普通の私で接した後で、胸が高鳴った覚えがあります。

だからって、以前ほどの坂本さんへの憧れが強くなったりすることも無く、逆にドンドン遠い存在になっていきました。

それから随分長い間、坂本さんのファンを続けているだけの状態がありましたが、あるタイミングで坂本さんのピアノのCDを耳にすることがあり、そこから再度坂本さんの音が好きになっていきました。

今は、何を言ってもやっぱりピアノは坂本さんだと思えるくらいに大好きです。何故だろう・・・それはやっぱり、坂本さんがとても変わったんでしょうね。何やら人間的に変化した様子が伺えます。

年をとったからだろうか・・・なんでだろう・・・食育という言葉があるけど、LOHASをしているから食生活が変わり、性格まで変わったんでしょうか。なんだろう・・・奥さんである矢野さんとの終止符が打たれ、NYで認知したと言われる彼女との生活が何か新たなものを坂本さんに与えるきっかけになったからか、年老いてから小さな子供を授かってなにか影響を受けたのか。とにかく、人生において大きな変化があったようなそんなピアノの音に私は今回のコンサートですっかり巻かれてしまった。

耳からアノ優しいピアノの音が離れなくなってしまいました。

あんなに冷たく、どこか激しさの残るピアノの音だったのに・・・。
不思議だなぁ~。

とにかく、私がどんなに坂本さんを好きかはまとまりの無い文章からも少しは分かっていただけると思います。

そんな、人生の中でこんなにも坂本龍一さんにほれ込んだのは10歳以来といっていいかもしれません。私の気持ちは10歳の時に逆戻っています。音の影響って何よりも大きいかもしれないです。
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[2005/12/29 00:03] diary | TB(0) | コメント(-)

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